テーマに沿っていけたら


AIはあるのだろうが、人間が行う、楽しい知的活動は「思考すること」だと私は思う。

データ量はコンピューターにはかなわないが、自分が知識を持ってて楽しいのはあるし、手っ取り早い便利さはありそう。

問題を突き付けられて、答えの発想の点においても、専門外の知識を知っておくと助かると思う。

私の場合、問題を考えて、それに対して、乱読していってる形だが(深くはないかもしれない)、、、、専門的に深くまではやらずに、その分広く、乱読していって、本の流れにおいて、おいしいところをたくさんポイント的に知っていった方がいいという形だ。

ネタ作り、自分の判断で選んだ、楽しめる本について読書し、素直な考えやおもしろい意見があったほうがいいと思うのだ。

本選びも知的活動のうちで、読めないものは途中で投げ出せばいいという。

知的個性というのをつける読み方をしなければいけない、、、それは、おもしろいだけを好奇心につられて本を読む読み方。

本の選び方についてはやみくもに選んでいいという。  本がたくさんあってわからないそうだ。 

知識がまったくないところから、アイデアは生まれないが、、、知識だけをありがたがって、知識の習得のみを目的化してはいけない。知識が化石のようなものであるのに対して、思考は生きている。 

軽い気持ちで読み飛ばしたもの、なんとなく読んだものの中から、意外なアイデアや発想のヒントを得られるという。

「セレンディピティ」とは、思いがけないことを発見する能力のことだ。とくに科学分野で、失敗が思わぬ大発見につながったときに、この言葉が使われる。失敗や誤解のもとに、偶然の新しいアイデアは生まれる。

私のセレンディピティでの発見も、実際、好ましくない失敗系から起こったが、そのセレンディピティでの発見、スーパーコンピューターなんかデータは持ってるだろうし、コンピューター、私のセレンディピティの範疇もカバーしてて、スーパーコンピューター、わかってるだろうなぁと思う。

まぁ私のセレンディピティの発見のコンテンツはいいとして、、、

「忘れる」ということは、頭のはたらきを支える大切な作用である。知識をため込みすぎると、頭の中がパンクしてしまうからだ。

とあるが、人間、人生で脳をちょっとしか使わなくて、勉強し過ぎとかないとか子供の時聞いたからその一言は不自然だ。

自然忘却力( 「忘れる」、頭のはたらきを支える大切な作用)・・・・私は子供の頃は強かったが、大きくなって麻雀なんかやると弱くなった。 それからは覚えていなくてもいいことまで覚えている。 はっきり言って迷惑な話だ。

忘却するのには、体を動かして過ごすのが有効である。散歩は頭のはたらきをよくする効果が非常に高い。

本を読みすぎると知識ばかりが増えて、思考を妨げることになりかねない。 本を読んでも思考力は身につかない。思考力を身につけるのは、散歩である。 

散歩をしておいて、雑念が消えていき、頭がクリアになっていく。 こうしたときに気になっていた問題について考えると、思いがけない発想が生まれることも少なくない。 新しいアイデアが浮かんだ、そのときは必ずすぐにメモに書き留めるのがよい。浮かんだ着想はその場で捉えないと、二度と現れないことが多いからだ。

不眠不休がいいように見えるが、実際には適度に休憩して忘れる時間を設けたほうが効率はいい。

人の頭の中は、夜、寝ている間に整理される。不必要なことを忘れるのも夜だ。  朝はその整理が完了した直後で、最も頭の中がクリアな時間なのである。人の頭は、朝が一日の中で最もよい状態だといえる。

これからもテーマに沿って乱読していこう。

テーマ、人生、良い情報知っておいた方がいいので、人生をテーマに乱読なんかどうだろう?

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