正義中毒


友人と久しぶりに集まって一日中、夜中まで語り合った日があった。

自分には盛り上げるように言われてて、話の話題なんかを送り込んだのがバッチリうまくいったり、そうでなかったりした。

しかし、40越えのおっさんが、そんなでもない正論を、威張ってさも「どうだ!」って感じで言われて、よく今までそんなストレート、正論でいって、ひっかからずに、ひねくれず生きてこられたなぁと感心するくらいだった。

そんなおもしろくない正論、私にも堂々と押し付けてくるから、せっかく貴重な私の変わった正論まで矯正させられちゃうじゃんと、この本をとって参考にする。  「人は、なぜ他人を許せないのか?」 中野信子

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インターネットが普及した今、世の中の出来事を知るのは非常に簡単になった。それは裏を返せば、良いことも悪いことも、瞬く間に広がってしまうということでもある。特に芸能人の不祥事、スキャンダルなどは格好のネタとなる。
私も毎日ニュースばかり見ておもしろい。

SNSなどで、問題の当事者でもないのに、行き過ぎたコメント、彼らの指摘は間違ってはいない。だが、それをわざわざ全世界の人々が見られる場で、そんな攻撃的な言葉で叩く必要があるのか。

脳科学者としても著者としても活躍する著者・中野信子氏は、そのような状態を「正義中毒」と呼んでいる。「そうか、あれは中毒状態なのか!」と。

「清純派キャラの女性タレントが不倫をしていた」。「大企業がCMで差別的な表現をした」。こうした状況は、自分や身近な人が直接不利益を受けたわけではない。だが、面識もない相手に攻撃的な言葉をあびせ、叩きのめさずにはいられない。そんな状態に陥っているとしたら、それは、正義におぼれ、「許せない」が暴走してしまっている状態だ。著者はこれを「正義中毒」と呼ぶ。

正義中毒は誰しもが簡単に陥る可能性がある。とりわけ、ネットやSNSの世界では顕著だ。SNSの広がりが正義中毒を顕在化させ、より強めている。

そう言えば、あの友人も正義中毒じゃない。 正論を激しく攻撃的に言ってきて。 そして、もう一人の友人と笑いあう。 おもしろくなくても正論でだから何も言えないどうしようもないうるさい状態に追いやられてしまうという。 その人たちもどれくらい持ってるか知らんビットコインを私にも教えてくれたけど。

正義中毒、人間の宿命的に自分と異なるものをなかなか理解できず、互いを「許せない」と感じてしまうのは、脳の構造上、仕方ないという。

  ドーパミンは快楽や意欲をかきたて、気持ちいい状態をつくり出していく。他の集団を攻撃すればするほど、ドーパミンによる快楽を得られるため、他者を「叩く」のがやめられなくなるのだ。

また、自らの正義をふりかざす快感を味わいつつも、同時にそんな自分を許せないと感じている人も多い。このような相反する感情に苦しめられていては、とても幸せな状態とはいえないだろう。

正義中毒の人たちは、一見独自の理論、独自の正義をもっているように見える。だが実際は、自分がターゲットにされることを恐れて、多数派に流れているケースも多い。

しかし、社会全体でこうした流れに乗り、多様性を狭めてしまうことは、非常に危険である。多様性を狭めることで、短期的には生産性や出生率が上がる。しかし、進化の歴史で見ると滅亡に向かってしまう。

ニコ生、私も配信してたが、配信、ヤジばかり飛ばして、まったく応援せしなかった悪いリスナーもたくさんいた。

そういうヤジを飛ばすというのは脳の構造上、快楽に流されるので一定数は仕方なかったのだろう。      

日本社会の特殊性と「正義」の関係

愚かさの基準は国によって異なるが、日本では、「みんなに合わせられないこと」「みんなと違う行動をすること」が愚かだと考えられる傾向にある。これに対して、著者が滞在していたフランスでは、「みんなと同じこと」や「自分の意見をいわないこと」が愚かだと捉えられがちであったという。  フランスっていいな。

人間の脳は対立するようにできてる

そもそも人間の脳は誰かと対立するようにできている。ささいなきっかけで相手をバカだと感じてしまうことは人間の特徴なのだ。 

脳は賢くなりすぎないようにできている

人間が人間であり続けるため、脳は前頭前野に従いすぎないようになっている。つまり、脳は「賢くなり過ぎない」ように設計されているといえる。

記憶が徐々に消え、都合良く記憶を書き換える仕組みが存在するのは、より良く生きていくためには自然であり、当たり前のことだといえる。

私的には、AIみたいに賢くなりすぎたら、なんでもやることがスマート過ぎて虚しいと思う。 人間はミスるからいい! 人間たる所以!!

怖いのは、誰しもがその状態に陥る可能性があるということだ。他人に「正義の制裁」を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質のドーパミンが放出される。すると、罰する対象をさらに探し始めるようになってしまう。

他人を許せない「正義中毒」には、誰もが陥る可能性がある。人間は脳の構造上、自分の属している集団以外を受け入れられず、攻撃しやすい傾向にある。

正義中毒を乗り越えていくには、人を許せない自分や他者に対して、「人間だからしょうがない」と認めることが前提となる。そのうえで、メタ認知の習慣をつけていけば、自分とは異なるルールをもつ他者に対して寛容に接し、共感できるようになるはずだ。

正義中毒から自分を解放させるには、普段から前頭前野を鍛え、メタ認知の力を身につけることが重要となる。

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