自意識


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 友人と会話した。

 昨日、ホリエモンの本読んでブログ書いて、  「失敗したときに、みんなにバカにされたら恥ずかしい」などと言うのだ。これはただの自意識過剰で、「世間」なんて心の中の幻にすぎないので、全部取っ払ってしまえばいい!と友人に伝え、友人に「世間」を私が気にし過ぎているかどうか聞いてみたら、気にし過ぎているとのことで、友人は、そんなにきにしてないとのこと。 疲れるだろうねと言われた。

 友人のアドバイスを聞いてみると、現在、私は、フリーで会社などの「世間」とはそんなに関わってない。 町のコミュニティーにはたまに参加させてもらってるぐらいという。

 その程度の「世間」との関りで、今の私みたいに「世間」を意識し過ぎるのはちょっと無意味なんじゃないかということだった。

 なるほどなぁと思った。

 昨日もブログで世間とのことを書いたが、やっぱり、人間、意識してしまうものは意識してしまう。 意識しない人もたまにはいるかもしれないが、やっぱり社会に住んでいる以上、意識しないのはおかしいという。

 プライドや自意識が足を引っ張って実行できていない、それらに邪魔される。「失敗したときに、みんなにバカにされたら恥ずかしい」。 そんな意識、こんな私取れないから、「世間」意識し過ぎる。

 すべて捨てて、落ちるところまで落ちるといいのか? 私はオリックスファンですが、オリックスは結構落ちるところまで落ちてた。 巨人は落ちようにも落ちることができない。 ソフトバンクには痛い目に遭いましたが。

blog

 「失敗しても、嫌われても、怒られても、お金に困っても、いいんです」。 そういうことを「気にしすぎな人」で溢れている。 気にしすぎな人は「嫌われたくない」「失敗したくない」「自信がない」「他人が羨ましい」「怒られたくない」と、自分の気持ちより他人や世間体を優先した行動をとってしまう傾向があり、自分では気にしすぎとわかっているが、どうしても割り切って考えることができない。

 「ひたすら自分に正直なこと」。

 「たった一度しかない人生、自分より周りを優先させるなんてもったいない」「もう少し自分のことを考えてみてもいい」

 やっぱり、私、ブログなんか書いて、Twitterに挙げた後、他人や世間体を意識してしまい、自分では気にしすぎと分かっていても、どうしても割り切って考えることが苦手だなぁと。

  
気にしすぎな人は自分のことより周り優先の行動をとってしまうが、それはもったいないことだ。

 「何かをはじめるときに重要なのは、失敗しないための準備でも、最後までやり遂げようとする決意でもなく、逃げる早さだ」

 逃げる早さとは、見切りをつける早さと同義だ。面白そうだなって思ったらやってみる。気になったら手を出してみる。つまずいてしまったらいったん身を引いて、体勢を立て直した上で再度首を突っ込んでみる。そうやって何かをはじめてみることのほうが、夢を探すことよりも大切だ。

 まぁ逃げることはできたんじゃないか。

 で、「荷物なんか捨てて、目の前のことやってみようよ」、という。

 自分
 
 私は間違いなく世渡り下手だが、世渡り上手な人は、世渡り下手な人からしてみれば、うらやましく見えるかもしれない。 だが、著者は「世渡り下手で何が悪いのかわからないという。

 世渡り下手な人の方が愛着が湧くそうだ。 世渡りが下手な人ほど、這いつくばって生きているから人間らしさがにじみ出てくるし、だからこそやることに物語が生まれる。 そして世渡り下手な人ほど、何かに集中したときのパワーがすごい。 世渡りが下手なら下手なりに、そのことを認めて開き直ってしまうほうがいいという。

 「世渡り上手な人の人生なんて面白みに欠けるから憧れない方がいい」と断じている。 世渡り上手な人は結局、自分では何もしていない人であり、誰かに気に入られ、その人の周りで愛想を振りまいているだけだと思うからだ。

 何かを成し遂げるためにがんばっている人は山あり谷ありで、失敗もたくさん経験し、いろんな経験値を積んでいく。 故に経験を積んでいる人は、人間力が高く、周りからも信頼されるようになるのである。

 私の場合、世渡り下手、人間関係、ひたすら自分に正直に生きていかさせてはもらってるが、付き合いでは自分ではほぼ何もしていない。おまかせ。 単独のとき自主活動の場合が多い。

 付き合いで、活動判断はないが、自分に正直に生きられる付き合い。  私の場合は、味方同士の助け合いの集まり。 

人間関係

「残念ながら出会った人全員が、みんな自分のことを好きになってくれることは絶対にない」「きみが誰からも好かれようと努力をしているのなら無理だから諦めたほうがいい」と著者の二人は断言する。

 みんなのことを嫌な思いさせたくないと、自分が嫌な思いするのは間違ってる。おかしい。バカだ。

 Twitterが「炎上」して、批判を受けると傷ついてしまう。

 好かれたいと思っていた人に好かれていなかったときは本当につらいし、自分すら自分自身のことがイヤになってしまう。

 「そんな思いから逃れるためには、逆に不安でしょうがない自分のことを好きになってあげることが大切なんだ」。 もしかしたら、自分のことを一番嫌いなのは、まぎれもない自分なのかもしれないと思ったという。

 「この人ならって絶対的に信頼できる」と言い切れる人を一人だけ見つけてほしいと述べている。それは家族や恋人なのかもしれないし、友人かもしれない。そういう人がたった一人いるだけで、本当に安心感があるからだ。

 なにかを成し遂げるときに頑張ってるか頑張ってないかというところで、私は疑問符が付くところがあるかもしれない。 そこをやるかやらないかで、人生おもしろいかおもしろくないかというところになるのだろうが。

 で、それで、私も、覚悟とかしなくなったなぁとか言ってたら、友人がすごいありがたいことを言ってくれた。

 野球の守備、センターの判断じゃないかと。

 状況によって、ダイビングするか、安全にワンバウンドでキャッチするか変わるという。

 9回2アウト、3塁ならば間違いなくダイビングだ。

 4回2アウトランナーなしならワンバウンドでキャッチでいいと思う。

 なるほど。私の状況は??

 
 仕事   

 完璧というのは自己満足でしかない。頼まれた仕事を完璧にこなすというのは、そもそも誰にとって完璧なのか。

 自分の中での最低ラインを上手に設定することができないと、コストに見合ったいい仕事をすることはいつまでたってもできない。スピードが求められる昨今、もちろんクオリティもある一定水準をクリアすることは必要だが、それ以上に効率を上げることを考えて仕事に取組むべきである。

 効率的なことをスピーディーに仕上げる練習なんかやってないな。

現実と理想

 世の中とは真っ暗な井戸のようなものだ。クモの糸が上からするすると降りてきて、それに掴まれば井戸の外に出ることができるが、いつ降りてくるか分からない。たまたま掴める人もいれば、ずっと手を伸ばしていてもなかなか掴めない人もいる。大切なのは「掴もうとしつづける」ということだ。やりたかったらまずやってみること。やりたいことがないなら、できることを探してやってみること。時間と情熱をかけて、ものにならないスキルなどそうそうない。とにかく手を伸ばしてみることだ。

 望みを持ち続けたら悪いことはないということがわかるのでよかった。

お金

 お金を持っていれば選択肢が増える。だが、お金を持っているから勝ち組かというとそんなことはない。

 「そもそも勝ち負けではない」と断りを入れつつ、「あえて勝ち組を定義するなら、お金の使い方を知っている人のこと」だと述べている。

 お金の使い方はどうやって会得すれば良いのか。それは順を踏んで経験していくしかない。百円玉を握りしめて駄菓子屋に行っていた頃からはじまり、千円を持って町に出たり、一万円を持って遊園地に行ったりしながら、年齢に合わせて使える金額もグレードアップしていく。これまでお金の使い方はこうして学んできたはずだ。

 順を踏んでステージを上げていき、お金の使い方をマスターした人ほど、周りの人を喜ばせること、豊かにすることにお金を使うようになり、お金に執着しなくなっていく。そして、お金を持っている持っていないという実体のない勝ち負けにこだわることなく、人生を楽しむことができるようになるのである。

 スマホの会得も経験しかないのかと思った。

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